高校時代の友人三人が
父の訃報を知り来てくれました
ありがたいことです
蕎麦を食べてから牧場を軽く散歩し
わが家でひとしきりおしゃべりしました
父の希望通りに自宅で看取ることができたことを
私が話したり
次は自分たちがあぶないと高齢者になったことを
笑い合ったり
どこそこの医者がいいらしいとか(高齢者あるある)
情報交換したりして
あっという間に5時間が過ぎました
その間に
紅茶インストラクターの友人が
美味しい紅茶を淹れてくれました
まずカップを温めるところから始まりました
手前の紅茶用カップの方が
底が広いので色が薄めに見えるのだそうです
エレガントに見えるカップの持ち方も
教えてもらいました
普段から扱いがぞんざいな私は
カップを落としそうでしたが
ちょっと上品になった気分でしたゎ オッホホ!(´▽`)
✝
50年間も友達付き合いしていると
それぞれの人生に起きたことを大体は知っていますが
物忘れもありヾ(≧▽≦)ノ
もう一度おさらいして思い出したりしました
✝
ヨブの友人のようにそれぞれが
訳知り顔でアドバイスしたのは昔のこと
今では同情と慰めと励ましが友情の証です
✝
私たちは苦難にあい、途方に暮れると人に教えを求める。
もちろん人の知恵がむだであるとは言えない。
われわれは生きていく上において
他人の意見を聞くゆとりと謙遜を持つことは大切である。
しかし、人の意見は所詮人の意見である。
私たちを生かすのは人の言葉でなくて、神の言葉である。
『旧約聖書一日一章』榎本保朗
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