ハッピーな老年


昨日のバイブルスタディは創世記25章7、8節から

アブラハムのようなハッピーな老後を迎えるには

どうすればいいかを学びました

年齢を重ねたからといって

自動的に成熟したクリスチャンになるのではなく

 意図的に学ばなければならず

そのためには毎日の鍛錬が必要だということでした

毎日を神と生きるなら満ち足りた老年となります

私はすでに一般的にいう高齢者で

満ち足りているとは言い難いので

とても耳痛いメッセージでした

お聞きになりたい方はこちらから聴けます



ちょうど両親の介護で悩んでいたので

老人についての本をネットで買いあさりました

やはり老年になると体の器官が衰えて

思うようにならないのがイライラの原因になるようです

それを理解していると思い込んでいましたが

医師が著者である『老人の取扱説明書』で

具体的な例で衰え方を示され

私は両親の体を理解していなかったことに気づかされました

そういえば私も老眼が進み

洗ったはずの食器の汚れが落ちていないことがあります

夫の養父母が生存中

家事一切をしない養母の代わりに

養父が食器を洗っておいてくれることがありましたが

汚れていていやだと思うことが度々でした

今になってみれば我が身に起きていることです

『優しくしたいのにできない』は

ユダヤ教のラビをしていた父親と娘の共著で

1章のはじめに詩篇71:9

年老いた時も、私を見放さないでください。
私の力の衰え果てたとき、
わたしを見捨てないでください。

が書かれています。

介護している側の感情を肯定的にとらえていて

最善の道を選ぶ努力をする気になります

高齢期は「喪失の季節」と呼ばれるそうです

親戚 友人 仕事 社会的つながり等を失うのです

それは

精神的に孤立し世界の隅っこに追いやられた気持ちに

なるというのですから悲しいことです


親を敬い神に喜ばれる介護者について考えるならば

この『親が子の手を求めるとき』が最適です

牧師でもある著者の介護体験が綴られています

とても示唆に富んでいて

自分のことのように泣きながら読みました

あわれみ深い主は死の間際であっても

十字架上からヨハネに母マリヤを頼みました

十戒の「あなたの父と母を敬え」を

イエスは完全に体現なさったのです



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